2014/06/28

おわりに

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
(井伏鱒二 「厄除け詩集」)




 「バークレーと私」は、31歳(2014年6月現在)の平凡な日本人男性が、カリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院(University of California, Berkeley, Goldman School of Public Policy)に留学するまで/留学してからの日々を綴ったものです。

 筆者が卒業できたので、最初に宣言したとおり、このブログはここで終わります。




 面会依頼は、応相談。
 当面は東京に住む予定です。

 執筆依頼も、応相談。
 すでに1件頂戴しています。

 


 このブログは、言うなれば、まあウンコの固まりみたいなものです。
 毎回、気持ちをこめて捻り出してきましたが、結局のところはウンコの固まりです。

 そんなウンコの固まりでも、
 誰かのお役に立てたなら、
 何かの救いとなれたなら、
 これ以上の喜びはありません。
 
 ありがとうございました。

 2014年6月28日 文京区千駄木にて
 

2014/06/22

GSPPの特徴に数えられる3つのこと

 どんなものにも終わりはやってくる。
 このブログにも終止符を打つときがきた。

 最終回を目前に控えた今回は、ブログの初心に立ち返り、山頂から麓を臨むような心境で「GSPPの3つの特徴」を紹介したい。

 愛すべき読者諸氏よ。文章というものは、どこまでも書き手の主観からは逃れ得ない。どうか健全なる懐疑心を抱きつつ、以下の記事をお読みいただきたい。


特徴1.堅牢かつバランスの取れたカリキュラム
 GSPPのカリキュラムは、実によく練られている。
 卒業証書を手にしたいま、改めてそう実感する。

 私の見聞する限り、公共政策学、開発学、MBAといった、いわゆる「学際的」な括りの大学院では、さまざまな分野をつまみ食いできる一方で、何かを体系的に学んだという実感が得られにくい傾向にあるようだ。
 ところがGSPPでは、そうした心配は無用である。
 我が身を振り返ってみても、2年前と比べ、いまの自分が違う地点に(おそらくは過去にそうありたいと願っていた地点に)辿りついたという手応えがたしかにある。

 具体的なTakeawayは、生徒の関心に応じて当然異なるものだが、ここでGSPPの必修科目にフォーカスするなら、

「いままで経済学を1ミリも習ったことのない人でも、2年後には独自の視点で政策分析ができるようになる」

ということになる。

 これは、1年目の必修科目(例:統計学、ミクロ経済学、計量経済学、政策分析入門)を通じて「政策立案の技法」の基礎についてがちがちに鍛えられた後、2年目からは一転して自由に選択科目を履修できるという、メリハリのついたカリキュラムの賜物だろう。
 在学中に経済学のおもしろさに目覚め、そのまま経済学部の博士課程に進む生徒もよく現れる。実際、GSPPの教授陣にも「GSPP修士号 ⇒ UCバークレー経済学部Ph.D」の道を歩まれた方が2名いる。

 日々の勉強は、楽ではない。宿題やテストに追われ、あごが上がってくることもしばしばだ。といっても、「相対評価下位10%は全員落第」というような、某ハーバードビジネススクール的な容赦なき世界が繰り広げられているわけではない。学期の途中にインド放浪の旅とかに出なければ、落第の心配はないだろう。何せこの私が卒業できたのだ。そこは安心してほしい。

 GSPPは、私にとって最高の大学院であった。でも別の見方をすると、かつて学部や大学院で経済学を専攻した人には、基礎中の基礎から丁寧に教えるGSPPのスタイルは、いささか退屈に感じられるかもしれない。あるいは、将来マクロ経済を駆使する分野に進みたい人には、必修科目をミクロ経済に絞ったカリキュラムは、少しく筋違いに思われるかもしれない。

 しかしまあ、このあたりは人間関係と同じで、最終的には「相性」の問題になってくる。疑問のある方は、入学担当者に問い合わせるとよいだろう。遠慮は無用だ。事務方のホスピタリティのレベルの高さは、疑いなくGSPPの美点のひとつなのだから。


特徴2.少人数で「いい奴」揃いのクラスメート
 しばしばマンモス校と称されるコロンビア大学SIPAやハーバード大学ケネディスクールとは対照的に、GSPPは昔から少人数主義(80名程度)に徹している。なので、クラスメートとはどうしたって仲良くなる。また「いい奴」揃いなんだな、これが。

 留学生の数は、たしかに少ない。私もはじめこそ肩身の狭さを感じたが、まあそのうちに慣れてくるものだ。英語から逃げられない環境に身を置けるという文脈では、むしろ大いにありがたいことかもしれない(って、卒業したいまだから言えるんだけど)。

 個人的な意見を述べるなら、GSPPの最大の長所は、スノッブ臭のしないところだ。
 アメリカ留学について語るとき、人は(というかメディアは)ともすれば「世界で戦うグローバルエリート!」的な煽り文句を冠せがちであるが、GSPPにそうした感じはまったくなく、それが私には心地よかった。

 だって毎年、学芸会(Talent Show)が開催されるんですよ。そんなイベント、日本だったら幼稚園でしかやらないんじゃないか。なんというか、スノッブの対極にある学校なのだ。

2年目の学芸会では、チーム・ブラザンビークのメンバーと一緒にBoyz II Menの「End of the Road」の替え歌(GSPPの「あるある」ネタ満載バージョン)を歌った。各自が手にしているのは、ユージン・バーダックの「政策立案の技法」。ちなみに1年目は、宇多田ヒカルの「Traveling」にあわせて、阿波踊りとタップダンスとアフリカンダンスと井手茂太をミックスさせた踊りを披露した。

特徴3.学びにも遊びにも最高のロケーション
 バークレーの暮らしやすさについては、これまで本ブログで繰り返し繰り返し述べてきたところだ。この祝福された土地は、しかし学問を志す上でも絶好の場所なのである。

 たとえば、エネルギー・環境政策を学びたい人にとって、世界に名高いLBNL(Lawrence Berkeley National Laboratory:ローレンスバークレー国立研究所)が大学の敷地内にあるのは強力なアドバンテージだし、州政府は全米で最も先進的な政策の打ち手として知られている(固定価格買取制度を最初に実施したのはカリフォルニア州だ)。太陽光発電のサンパワーや電気自動車のテスラモーターズなど、エッジの効いたおもしろ企業が多いのも特徴だ。

 情報系に感度の高い人にとって、BSD(Berkeley Software Distributionの略。Mac OS Xの始祖的存在)を生んだバークレーは、ある種の聖地のような場所だろう。私はそちらの方面には疎いのだが、それでもGoogleやfacebookが近くにあることで、心躍る体験をいろいろさせてもらった(UCバークレーはスタンフォード大学と並ぶシリコンバレーの人材供給源)。諸事情により詳細は書けないが、Google Glassを使った実験に参加したのもそのひとつだ。

 「学び」を提供する場所は、大学だけではない。
 世界各国からおもしろエキスを持った人たちが集まるこの土地では、生活すべてが「学び」である。「可処分時間」の豊かさも含め、バークレーは物事を考えるには最高の場所であった。

 人はなぜ生きるのか。
 人はいかにして生きるべきか。

 神は存在するのか。
 もし存在するなら、幼児虐待や民族紛争が世界から無くならないのはなぜなのか。

 現代に生きる者は、先人たちの犯した罪や呪いを、どの程度引き受けていくべきなのか。
 日本人であると同時に一個人であることについて、どう折り合いをつけていけばよいのか。

 こうした問いには、通常、簡単に答えは出ないものだ。それでも、気ままに散歩などしながらゆっくり思索(というと大げさだけど)にふけるのは、私にはとても贅沢な時間であった。またそうしているうちに、新たな考えを掘り当てることもあった。

 それはたとえば、

多様性を尊ぶ心と、自分の国を愛する心は、決して矛盾するものではない」

ということだ。

 これはたぶん、日本で生活していたら出てこなかった考えだ。いろんな人と会って、話して、刺激を受けて、穏やかな醸造過程を経て、そうしてはじめて言葉になった考えだ。
 その意味で私は、この美しい土地にもう一度感謝の意を表したい。

 ありがとう、バークレー。



 そして・・・・・さようなら。

2014/05/31

2014年の春学期が終わり、全過程を修了したこと

 終わった。ついに終わった。
 中国語の最終テストを受け、代替エネルギーの最終レポートを仕上げ、1万4千語の修士論文を指導教官に提出した。

 42.195kmぶんの大地を踏んだランナーがそうであるように、純粋な喜びの感情や、何かを成し遂げたという手応えは、思いのほかすぐには訪れない。ゴールテープを切ったとき、肉体と精神の間には、どうやら少しばかりタイムラグが生じるらしい。

 虚無感と達成感のリンボ(中間地帯)のような場所で、私はこの文章を書きはじめている。

 しかし、本当に終わったのだ。


<中国語 (Elementary Chinese)>
 選択科目。週5.5時間。習いはじめて、これで1年(厳密には8カ月)になる。我ながらなかなか上達したものだ。少なくともリーディングとライティングについては、facebookやメールで中国人と普通にやり取りができるようになった(もちろん辞書などの助けは必要だけど)。留学中に得たTakeawayとしては悪くない。帰国後も中国語学習に一定のリソースを割けるかどうかは怪しいところだが、まずはこの進展を素直に喜びたい。

 もうひとつのTakeawayは、学部生たちと仲良くなって、UCバークレーという大学をより立体的に知る機会が得られたことだ。そしてそれは、「バークレーに来てよかったなあ」という想いを改めて強くするものであった。願わくばあと1年、いやあと2年は欲しかった。
 そういえば、日本を発つ前にお会いしたGSPP卒のMさんが、「バークレーにもう一度行きたいかって?そりゃもう、尻尾を振って行きますよン」と語っていた。あの言葉が、いまさらながらによくわかる。そういえば私のお尻にも、尻尾が少し生えかけている。

 前学期と同様、中国語劇の課題で作文したものを以下に載せる(これはグループワークなのだが、私はスクリプト執筆業務を率先して引き受けた)。中国語を解する方なら察しがつくかもしれないが、私は「B」の役を演じた。

---

A: 你好!最近这么样。
B: 还好。最近功课太多,我做不完,可是学得很高兴。
A: 加油!马上就要放假了。暑假的时候,你有什么计划?
B: 我打算回日本去看父母。我两年没回家了。
A: 太好了!在日本,你要做什么?
B: 到了东京以后,我想給父母介绍一下我的儿子。他出生在伯克利。
A: 很好。你的儿子真可爱。
B: 谢谢。你暑假什么打算?
A: 我现在想去谷歌(Google)实习,因为我的专业是电脑。再说,我的哥哥在那儿工作了一年了。
B: 哥哥在谷歌...
A: 对。他很聪明,连日本话都会说。
B: 真的吗?我想和他聊天。
C: 你好,!
A & B: 你好!
A: 我们现在聊暑假的计划。你有什么计划?
C: 我要和我的女朋友一起去北京的一家公司实习。
A: 是吗?你为什么想去北京实习?
C: 因为我觉得北京有很多名胜古迹,再说也可以学习中文。我想提高中文水平。
A: 太好了!你打算住哪里?
C: 我还没有决定。哪儿安静,我住哪儿。你们去过北京吗?
A: 没有。中国我什么地方都没有去过。
B: 我去过北京两次。我喜欢北京烤鸭。
C: 我也喜欢。北京好吃的烤鸭店多得不得了。我最喜欢的店是”北京小王府”。你知道不知道?
B: 我知道,不过我没有去过那里。啊,我饿死了!
A: 飞机票你买好了吗?
C: 买好了,一千三百块钱的机票。比上次回家的机票便宜不少,因为是女朋友帮我在网上买的。
A: 很好。你买了哪家航空公司的?
C: 哎,我忘了。我的机票被女朋友拿去了。
B: 你有没有护照?
C: 护照我已经有了,我得赶快办签证。
B: 祝你一路平安。
A: 到了北京以后,别忘了给我们发个电子邮件。
C: 好,那我们秋天见。
A & B: 再见!

---

中国語劇の課題では一定の文法事項を満たす必要がある。この「縛り」がなかなか骨だった。

<経済開発計画セミナー(Seminar in Economic Development and Planning)>
 選択科目。週1.5時間。バークレーで重点的に学ぼうと思ったのは、1に経済学、2にエネルギー、3に政策分析のスキルであったが、留学中に開発学への興味も高まったのであった。
 最大のきっかけは、1年目の春学期に経験したモザンビークのプロジェクトだ。それから私は、2年目の秋学期に「開発経済学」「エネルギー&開発学セミナー」の授業を履修し、その総仕上げ的な位置づけとして本授業を受けたのだった。

 経済学部の大学院生を対象とする本授業では、MIT、ハーバード、スタンフォード、イェールといった超一流校の研究者たちが、週替わりで自身の研究内容を発表する。聴講席にはUCバークレーの教授陣もちらほら混じっており(「開発経済学」でお世話になったAlain de Janvry老師のお姿も)、エッジの効いた質疑応答はさながら西海岸VS東海岸の知的頂上対決を彷彿とさせるものがあった。まあ、イントロダクションの段階からそんなに容赦ない質問をぶつけなくてもいいんじゃないの?と思ったりもしたけれど。

 登壇者たちの研究テーマは、開発学というただひとつの共通項を持つほかは、実に多彩なものであった。その例を3つほど以下に掲げる。

・ シオラレオネの選挙における投票行動の分析。70%以上の有権者が1年未満しか学校に通っておらず、28%が候補者の名前すらわからないという同国において、選挙に関する情報提供は人々の投票行動をどのように変えうるのだろうか?

・ インドの電力市場における送電インフラの経済評価。いまだ不完全なインドの電力網を整備したとき、その電力卸売市場には、理論上どの程度の限界費用(Marginal Cost)と限界便益(Marginal Benefit)が発生するのだろうか?

・ 途上国の貿易費用を測定する新たな方法論の開拓。グローバル市場から地理的に隔てられたアフリカの国、たとえばエチオピアとナイジェリアの二国とアメリカとでは、その貿易費用にどのくらいの差が発生しているのだろうか?

 いずれの研究も、それぞれの武器を携えて未知の領域に挑んでいるのがひしひしと感じられたし、またそれでこそ学問をやる価値があるのだ、という気持ちにもなった。私はアカデミックの世界に籍を置きたい人間ではないけれど、それでもひとつの「志のあり方」として。


<代替エネルギー(Alternative Energy)>
 選択科目。週3時間。担当のHanna Breetz教授は、私がバークレーで教えを受けた先生の中でもダントツで若い方であった(女性の年齢を話題にするほど無粋なことはないと承知しているが、おそらく30代半ば)。学部はダートマス、修士はハーバード、博士はMITという「アイビープラス大三元」の役満が成立するほどの高学歴ぶりなのだが、その実とても気さくで、親身で、話がうまく、そして講義のスライドが抜群にわかりやすいのであった。

 授業は「政策篇(Policy)」と「政治篇(Politics)」の2つに分かれる。たとえば政策篇では

・ Carbon Tax
・ Gasoline Tax
・ Cap and Trade
・ Hybrid Instruments
・ Renewable Portfolio Standards
・ Performance Standards
・ Feed-in Tariffs
・ Tax Credits
・ R&D Fundings
・ Loan Guarantees
・ Demo & Deployment Agencies
・ Procurement
・ Infrastructure

といったトピックを、1項目につき1授業(1.5時間)のペースで、理論と実務の両サイドからそのPros/Consを丁寧に検証していくスタイルだ。これまで仕事の必要に応じて行き当たりばったりに知識を吸収するばかりだった私にとって、こうして真正面から体系的にエネルギー政策を学ぶのは、考えてみればこれが初めてのことだ。得るものは期待以上に大きかった。


個人的に印象深かった授業のスライドをいくつか紹介したい。まずは米国内のロビイング費用に関するセクター別の推移。年間35億ドルという数字がすごすぎて、ちょっと実感が追いつかない。

代替エネルギーへのロビイングは、直近10年で激増したものの、2009年をピークに徐々に減衰している。なぜだろう。原油価格高騰のショックで代替エネルギーに資金が集中したけれど、高止まりが常態化するにつれて世間の関心も少しずつ薄れていったということか?安価なシェールガスの登場も、あるいは影響しているかもしれない。

米国政府による研究開発予算の推移。エネルギー分野は意外にもマイノリティで、そのピークは予想どおりオイルショックの時期である。

米国の風力発電を対象とした税額控除(PTC: Production Tax Credit)の推移。たび重なる制度変更が、設置容量に甚大な影響を与えている。投資家にとってはまさに「政策リスク」である。

米国政府のエネルギー補助金、発電燃料別の内訳。日本の同種のデータはいま手元にないけど、たぶんかなり違っているのだろう。

米国におけるガソリンの価格弾力性は、近年になって大幅に下がったという(=価格が上がっても需要があまり下がらなくなった)。なぜだろう? 理由として考えられるのは、
1.郊外化現象が進んで自動車の「必需品」度合いがより高まったから
2.電車やバスなどのMass Transitが(特に地方で)十分に行きわたっていないから
3.CAFE Standardなどの政策効果で自動車の燃費基準が向上したから

といったあたりか。いずれにせよ、ガソリン税の担当者には好都合な状況になったわけだ。

 筆記試験がない代わり、本授業では短めのエッセイ(2ページ程度)が計5回、テーマ自由の期末論文(18ページ程度)が課せられる。
 論文で私が選んだテーマは、ハワイにおける再生可能エネルギー政策。そう、このブログでも幾度も触れてきた、いわば私の十八番である。

 以下、「ハワイのエネルギー」特集の最終回にかえて、簡単な要約を試みたい。

【問題提起篇】
 ハワイの抱える問題は、過剰な原油依存がもたらす電気料金の高止まり状態だ。経済の観点からも、エネルギー安全保障の観点からも、これは明らかに好ましい状態ではない。
 この問題の解決に向けて、州政府は数年前から再生エネルギー政策を強化している。これまでのところ最大の効果をあげている政策は、太陽光パネルを備えたユーザーが電力会社に売電(厳密に言うと電気料金の相殺)できる「余剰買取制度(Net-Metering)」だ。

 ところが、ここで新たな問題が浮上する。電力料金の高いハワイ州において、本制度の与えるインセンティブはあまりに大きく、太陽光発電の導入量がバブル的に増えすぎてしまったのである。特に普及が進んだのはオアフ島で、これは(太陽光パネルを設置できるほど)経済的に余裕のある世帯が多いからである。

 太陽光発電の利用が増えること自体は、これはもちろん悪いことではない。しかし現在の電力網は、太陽光や風力のようにintermittentな(長時間にわたって安定した発電が保証されない)電源を大量に抱えることがまだできない。その許容量は国によって異なるが、一般に現在の技術では全需要の1~2割が限界と言われている。

 昨年、ハワイ電力は上記の技術的理由を述べて、数百世帯の買取を拒否するに至った。「もう太陽光はお腹いっぱいです、ご勘弁ください」というわけだ。
 しかし、本当に勘弁してほしいのは、むしろ拒否されたユーザーの方だろう。百万円単位の身銭を切って、屋上に太陽光パネルを設置して、いざ投資を回収しようと思ったら接続を断られてしまった上に、電気料金はこれまで同様に払わなくてはならないわけだ。なかなか理不尽な話である。

 エネルギー問題を解決するために講じた策が、皮肉にも新たな問題を生じせしめている。この苦境を前に、州政府は今後どのような手を打つべきだろうか? 
 これが私の設定した「問題提起」だ。

ハワイの再生可能エネルギー導入量の推移
出所: ハワイ公益事業委員会(2012年)を基に筆者作成

オアフ島における分散型電源(ほとんどは太陽光発電)の地図
出所: ハワイ電力(2014年)

【政策分析篇】
 ハワイ州が将来取り得る手立てとして、私は「燃料」と「政策」についていくつかのオプション(Alternatives)を用意し、またそれらを評価するための判断基準(Criteria)を設けた。「政策立案の技法」の定石に従ったのである。 
 結論から話せば、私の考えた政策提言は以下のとおりだ。

提言1.アメリカ西海岸等からのLNG輸入を早期に実施すべき
 のっけから「再生可能エネルギー政策」から離れた提言ではあるが、しかしLNGは有力な選択肢だ。なぜなら、シェールガス増産に端を発する(特に米国本土での)ガス価格の下落に加えて、今年に入ってからハワイのガス会社がLNG輸入を開始するなど、タイミングとしていまが絶好であるからだ。
 一般にLNGの長期契約は最初に決めた価格フォーミュラを長く使うので、プロジェクトを立ち上げるなら、買い手市場のいまがチャンスである。エネルギー系のコンサル会社「FACTS Global Energy」によれば、ハワイが西海岸からLNG輸入した際の2020年の想定価格は13.62ドル/MMBTUで、これは現在の日本の購入価格である18ドル/MMBTUよりずっと安い。ハワイの電気代の低下にも寄与するはずだ。
 天然ガスが万能というわけではもちろんない。太陽光に比べれば環境には優しくないし、化石燃料なのでRPSの目標値(2030年までに発電量に占める再生可能エネルギーの割合を40%にする)にもカウントされない。とはいえ、エネルギー安全保障の観点から、LNGはやはり有力な選択肢である。

提言2.余剰買取制度(Net-Metering)の廃止または縮小を検討すべき
 政策というのは、立ち上げるのも大変だが、やめるのも同じくらい(ときとしてそれ以上に)大変なものである。特にそれが、人々の利益に深くつながるものであれば。
 現行の余剰買取制度は、しかし、このまま続行させることの難しい政策だ。上述のように、オアフ島ではすでに電力網が「キャパ超え」となっているし、マウイ島の一部地域なども限界値に近づいていると聞く。
 州政府は、電力会社のみに責任を負わせることなく、制度のソフトランディングを考える必要がある。ひとつのアイデアは、島ごとにキャップ(上限値)を設けることだ。電力網の能力に応じて、年間の導入量に制限をかける。(技術が進展して)電力網が分散型電源をもっと受け入れられるようになったら、それに応じてキャップを引き上げていく。これなら不確実性を大幅に抑えることができるだろう。しかしながら、キャップをきつくし過ぎると、早い者勝ちの傾向が高まり、Equity(公平性)が損なわれるおそれもある。このトレードオフを、どのようにさばくか。That is the question.

※ 実のところ、ハワイは固定価格買取制度(Feed-in Tariff)に関してすでにキャップをかけているのだが、皮肉にもこの制度の利用者は多くない。買取価格よりも電気料金の方が高いからだ。

提言3.R&Dの予算を地熱発電に充てるべき
 ハワイには製造業がほとんど存在しない。だから、たとえば太陽光パネルのメーカーの技術開発を支援するという政策オプションを取りえない。
 R&Dの文脈で州政府が取りうる選択肢のひとつは、地熱発電の新たなポテンシャル調査だ(もうひとつの選択肢は海洋温度差発電だが、これは数十年前から継続しているのでここでは議論しない)。
 もちろん、女神ペレさんの問題は無視できない。信仰には然るべき敬意を払うべきだし、Indigenous Cultureを無視して掘削作業を進めることは、これは当然許されない。
 しかし、(石油の代わりに)ピーク電源を担いうる数少ない候補として、地熱発電はその可能性を追求する価値がある。特に最近は、蒸気タービンをはじめとする要素技術の進展もめざましい。
 交渉の糸口は、現行のPuna発電所のスケールアップの可能性にあるかもしれないし、あるいは(女神ペレの住む)キラウエア火山から離れた地点での開発可能性にあるかもしれない。州政府は、改めてフラットな立場から事業化調査を開始してはどうだろうか。

提言4.島間接続を含め、電力網への投資を加速させるべき
 再生可能エネルギーの導入量を増やすためには、電力インフラへの投資は必須条件だ。供給/需要サイドの双方から電力を制御するスマートグリッドについては、すでに日立製作所などの日本企業と組んだプロジェクトが進んでいる。この分野の技術開発をハワイ単独で行うのは難しいため、実証サイトを提供するなどの形で、積極的に協力機関を誘致するアプローチが有効となる。
 そしてもうひとつ、「各島の電力網を海底ケーブルなどで接続する」という案がある。莫大なコストを要するため(累計4.2億ドルという試算がある)プロジェクトの着手には大いなる政治的決断が必要とされるが、類似の挑戦を試みて成功した事例も世界にはある。その一例が、1979年に完成した北海道・本州間連系設備だ。
 ハワイのエネルギーにおける問題点の多くは、結局のところ、(島国特有の)分断された電力市場に起因するといえる。これを解決するためのラディカルな手段が、島間の接続だ。まずはその一部(例:マウイ島~モロカイ島)だけでも、州政府は試験的にプロジェクトを行うべきではないか。

ハワイ州の各島における電力需要と再生可能エネルギー供給ポテンシャルの違い。最も電力需要の大きいオアフ島では再生可能エネルギーのポテンシャルは比較的小さく、むしろ需要の少ないハワイ島やマウイ島において潤沢である。島同士の電力網がつながれば、こうした需給ギャップが解決されるだろう。
出所: ハワイ州産業経済開発観光局 「Hawaii Energy Facts & Figures」(2013年)

<修士論文(Advanced Policy Analysis)>
 必修科目。週3時間+α。卒業要件の最後に立ちはだかるラスボス的存在が、このAdvanced Policy Analysis(以下、APA)である。よって、GSPPの最終学期はAPAに注力し、他の授業の履修は控え目にするのが常道だ。学部生向けの中国語の授業などを取るようなうつけ者はまずいない。

 APAをはじめる前に、生徒たちは自力でクライアントを探し出し、政策分析の「受注契約」を獲得しなければならない。多くのプロジェクトでは成果報酬が支払われる(6,000ドル~8,000ドル程度が一般的)。生徒の中には、クライアントの機関にそのまま就職する人もいれば、APAの内容をベースに実際に起業をする人もいる。このあたりは一般的な学術論文とは毛色の違う部分だろう。ちなみに私は日本政府をクライアントとして、産業用太陽光発電のFIT(Feed-in Tariff: 固定価格買取制度)に関する費用便益分析を行った。

 APAでは、各生徒に1人ずつ指導教官が割り当てられる。生徒と教官の比率は、およそ1:9。週に1回のゼミと、個別の進捗に応じたやり取りがメインとなる。
 私は入学前からエネルギー分野で名声の高いDaniel Kammen先生の指導の下に論文を書こうと目論んでいたのだが、その希望は早くも潰えることとなった。多忙をきわめるKammen教授は、今年はAPAを担当しないのだ。
 残念至極とはこのことである。しかし世の常として、愚痴をこぼして状況がよくなるケースはあまりない。人生で16,839回目の挫折を経験した私は、現実を受け入れ、John Decker先生を指導教官として選んだのであった。

 Decker先生は、カリフォルニア州政府をはじめとする公的機関を中心に職歴を重ねてこられた方で、GSPPでは同州の税制度に関する授業を持っている。それは私の関心と必ずしも(というかまったく)一致するものではなかったが、このDecker老師、実社会で長年揉まれてきた人にしばしば見られる、執着心からの解放、あるいは肯定と諦念の心地よいハイブリッド状態に達しておられる方で、個人的にはかなり「当たり」の先生なのであった。私の拙い英語を「てにをは」のレベルで丸ごと洗い直してくれるなど、親切心に溢れる方でもあった(ご存じかもしれないが、論文の指導教官は普通そこまでしてくれない)。ありがたいことである。

本記事の締めくくりとして、私の論文の内容を簡単に紹介したい。Needless to say, 分析内容の責はすべて私個人が負うものであり、関連するいかなる組織の見解とも関係はない。これまでのすべてのブログの内容と同様に。

再生可能エネルギーの必要性を語るとき、主に2つの観点がある。(化石燃料に比べて)環境に優しいという観点と、エネルギー自給率を高めるという観点だ。福島第一原子力発電所の事故以降、後者を説かれる機会が多くなってきた。

固定価格買取制度(Feed-in Tariff、以下FIT)とは、一般家庭や事業者が作った(再生可能エネルギー源の)電気を、電力会社に販売できる制度のこと。買取価格や期間は政府によって保証されるため、FITの参加者(=売電者)には大いなる財政的インセンティブが付与されることになる。これにより再生可能エネルギーの導入量を増やし、発電コストを逓減させようというのが、本政策の主な目的だ。

完璧な人間がいないのと同じように、完璧な政策は存在しない。どの政策にも、Pros(長所)とCons(短所)がある。そしてFITは、双方のインパクトが(良くも悪くも)非常に大きい、諸刃の剣なのである。

それでは、日本における現行の政策は、「効率性」などの判断基準に照らしたとき、本当に適切なものと言えるだろうか? 本分析は、この疑問からスタートしたと言ってよい。

分析対象は、「10kW以上の太陽光発電」とした。日本で現行のFITがはじまって2年が経ち、導入量(設置容量ベース)が最も急増したのがこのセクションだからだ。

現行のFITでは、買取価格はプロジェクトの内部収益率(Internal Rate of Return、以下IRR)によって定まる。これに着目して、現状維持ケース(Status Quo)を含む3つのシナリオを打ち立てた。

結果と前後するが、各シナリオにおける買取価格の予測モデルを上記に示す。

前述の「定量的な」3つのシナリオに加えて、本分析はもうひとつ「定性的な」シナリオも用意した。それは、年間導入量などに上限(キャップ)をかけるケースだ。

キャップの長所は、政策を不確実性を減らせる点だ。つまり、上限値を設けることで、太陽光発電が導入されすぎたり、買取のための予算がかかりすぎたり(現行のFITでは、予算は電気料金に上乗せされる形で転嫁される)するリスクを防ぐことができるのだ。
他方で、キャップをかけるとどうしても「早い者勝ち」的傾向が醸成されがちで、イカサマ師のような輩が跋扈するリスクも生じる。公平性が阻害されるのである。
あちらを立てればこちらが立たず。政策分析とは、無数のトレードオフに対峙することなのだ。

FITの成果予測は、控え目に言って相当にチャレンジングな行為である。そこを承知で、本分析では主に「1.学習/経験曲線」「2.システムダイナミクス」「3.費用便益分析」の3つのモデルを組み合わせて、その無謀・・・もといチャレンジングな行為を追求した。

まずは、学習/経験曲線について紹介する。

学習/経験曲線は、経済・ビジネスの分野ではわりに有名なモデルで、端的に言うと「生産が増えるほどコストは安くなる」という原理を上述の対数関数で示したものだ。この法則、もともとは航空機産業において適用された概念だが、自動車や半導体など他産業にも広く適用しうることが知られている。もちろん太陽光パネルも例外でなく、既存研究は山ほどある。

太陽光発電の特徴は、燃料費が必要ない代わりに(太陽だから)、初期費用が比較的高額であることだ。その内訳を見ると、ほとんどがシステムコスト(太陽光パネルの設置費用など)である。よって、本分析ではシステムコストの学習/経験曲線モデルを扱うことにした。

上記のグラフが、過去のシステムコストから回帰分析した学習/経験曲線である。R二乗値やP値を調べると、統計的にもそれなりに確度が高い(Statistically Significant)ことがわかる。

次に紹介するのは、システムダイナミクスだ。

システムダイナミクスとは、簡単に言えば「世の中の複雑な現象を理解するために、個々の因果関係を分解してモデル化しようとするアプローチ」のことである。その適用範囲は生態系から産業政策まで幅広く、森羅万象をカバーすると言ってよい(ちょっと言い過ぎか)。

システムダイナミクスを使ってFITを分析した先行研究だってある。

私の作ったモデルは、それらの考えをよりシンプルにしたものだ。すなわち、太陽光発電の導入量が増えれば、「学習/経験曲線」に沿ってシステムコストが下がるので(ステップ1)、IRRを一定に保つ適切な買取価格が決定し(ステップ2)、プロジェクトの投資利益率(Return On Investment:ROI)が求められるので(ステップ3)、そこから算出される事業者の参入意欲をもとに(ステップ4)、翌年の導入量が求められる(ステップ5)というわけだ。

そしてこれが計算式の例である。もちろん世の中が100%このモデルのとおりに動くわけではない。しかし、大掴みな「傾向」を把握するにはそれなりに有用なものだろう。

モデル内のパラメータは、原則として政府機関の公表値を引用している。

最後に紹介するのは、費用便益分析モデルだ。

費用便益分析では、政策の与えるインパクトなどを金銭価値に換算する。ここでは、太陽光発電の導入増による影響として、3つの便益(Benefit)と3つの費用(Cost)を考慮した。

まずは便益について考えよう。1つ目の便益は、「CO2排出量の削減」。CO2の1トンあたりの金銭価値は、実は算出者による数字の振れ幅が非常に大きいのだが(ほとんど0円という論者もいれば、数万円という論者もいる)、本分析では、環境省の公表資料から(古くから太陽光事業に意欲的で、かつ非電力会社であるという意味で)大阪ガスの数字を用いることにした。

2つ目の便益は、「エネルギー・セキュリティの向上」。太陽光発電の導入が増加すれば、そのぶん既存の燃料を使わずに済むので、これを便益として金銭価値で表すことができる(これをAvoidable Costという)。本分析では、(現在の日本が原子力の主要な代替燃料として使っているという意味で)石油とLNGの発電単価の加重平均を用いて計算した。

3つ目の便益は、「雇用機会の創出」。いろいろ考えた末に、本項目を金銭価値に表すことを私は放棄したのだが(他産業を含む労働市場を考慮したとき、雇用創出の純粋な便益を算出することは不可能に近いと思量したため)、しかし政策効果を考えるとき、「雇用がどのくらい生まれそうか」という観点は大切だ。本分析では、IPCC報告書の算出方法に従った。

今度は費用について考える。1つ目の費用は、FITの最大の不確実性ともいうべき、「太陽光発電の買取費用」。重要なポイントは、制度上、プロジェクト参画年度の買取価格が20年間保証されることである(本分析の範囲は2020年までだけど)。このインパクトがどれだけ大きいか。FITの是非をめぐる議論は、煎じ詰めれば結局はそこに集約される。

2つ目の費用は、経済学でいうところの「死荷重(Deadweight Loss)」だ。前述の買取費用は、最終的に賦課金(Surcharge)の形で電気料金に転嫁されるため、物品税をかけたときのような市場の非効率(詳しい説明は省くが、要すれば三角形ABCの部分)が発生する。これを計算するため、過去10年の電気料金と電力量のデータから単回帰した便宜上の需要曲線(Demand Curve)を求めた。

3つ目の費用は、再生可能エネルギーを導入する際に必要とされる「電力網への投資費用」である。これは地域特性に大きく左右されるため、必要経費をシンプルな計算で割り出すのはほとんど不可能だ。しかしここでは、乱暴を承知の上で、政府試算をもとに導入量(ギガワット)あたりの金額を算出した。

ここまで、FITの成果を推計するための「1.学習/経験曲線」「2.システムダイナミクス」「3.費用便益分析」の3つのモデルを説明してきた。
ここからは、具体的な分析結果を紹介したい。それぞれのシナリオを評価するために、本分析では4つの判断基準(Evaluative Criteria)を用意した。すなわち、「1.効率性」「2.実効性」「3.政治的実現性」「4.政策の継続性」である。

1つ目の判断基準は、効率性(Efficiency)だ。これを計る指標として、費用便益分析の結果が有用である。そこでふたを開けてみると・・・なんと、どのケースにおいても費用(Total Cost)が便益(Total Benefit)を上回る結果が認められた(!)。FITの買取費用はあまりに膨大で、社会的便益を勘案してもなおトータルではマイナスになってしまうのである。
それでは、効率性に劣るFITは、ただちに中止すべき政策なのだろうか?その疑問に対する考察は後に取っておくとして、各シナリオの結果を比較してみると、買取価格を安く設定した(IRR=4%の)オプションの方が、「総便益(Net Benefit)」や「費用あたりの便益(Benefit per Cost)」の数字が大きいことがわかる。つまり、(FITを実施するという前提で)効率性だけを見れば、買取価格は安い方が良いのである。

2つ目の判断基準は、実効性(Effectiveness)だ。今度は買取価格の高い(IRR=8%の)オプションの方が導入量が大きく、発電コスト(Levelized Cost of Electricity)も小さい。前述の結果と併せて考えると、「効率性と実効性はトレードオフの関係にある」とも言えそうだ。

もうひとつの発見は、(このモデルを信じるならばということだが)政府の設定した「2020年までに太陽光の発電コストを14円/kWhにする」という目標が、どのシナリオでも達成できないということだ。

国際エネルギー機関(International Energy Agency:IEA)によれば、太陽光の発電コストに最も影響を与える要素は、稼働率(Capacity Factor)であるという。そこで本分析では、稼働率のパラメーターを変えた場合の感度分析を行った。
結果が示唆するのは、「現状より稼働率を2~3%ほど上げれば、14円/kWhの目標は射程圏内に十分収まる」ということだ。稼働率の向上に貢献する技術として、たとえば太陽を追尾するシステムや、高効率パワーコンディショナーなどが挙げられる。この分野のR&D支援を手厚くするというのも、あるいは有効な政策オプションかもしれない。

3つ目の判断基準は、政治的実現性(Political Feasibility)。FITはさまざまな文脈から議論されるトピックだが、本分析では最も頻繁に言及される「国民負担としての賦課金(Surcharge)」に焦点を絞った。モデルの示す結果は、IRR=8%のシナリオで年間世帯負担額は約4,200円(実際には住宅用の太陽光発電を含む他カテゴリの再生可能エネルギーの賦課金も上乗せされる)。この数字をどう読むかは判断のわかれるところだが(たとえばドイツにおける2014年の再エネ賦課金「6.24円/kWh」に比べれば安いという見方もある)、政策の受容性を考えたときに重要な指標であることは間違いない。
4つ目の判断基準は、政策の継続性(Robustness)だ。規則の改正頻度が高かったり、調整にやたら時間がかかったり、担当者が入れ替わったら運用方針も変わってしまうような政策は、Robustnessが高いとは言えない。本分析はFITの制度変更を阻むものではないが(むしろある面においては推奨するものだが)、参加者の公平性を担保するためにも、買取価格の計算方式の変更などを行う場合には(太陽光発電プロジェクトのリードタイムを勘案すれば)少なくとも1年前には公表・説明を行っておいた方がよいだろう。

そしてこれが、分析結果のサマリーだ。

これを踏まえた主な政策提言は、上記の3点となる。すでに述べたことと重複するので詳述は避けるが、重要なのは「すべての判断基準で高評価を得られる政策オプションは存在しない」ということだ。よって本分析では「絶対にこうすべき」という結論は下さないが、「効率性と政治的実現性を優先させるなら」という枕詞つきで買取価格の安い(IRR=4%の)オプションを推薦したい。

ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。


 これで、GSPPの全過程を修了したことになる。
 あれこれと欲張った結果、気がつけば卒業要件より16単位も多くの授業を取ってしまっていた。そのぶん苦労も多かったけど、いまとなってはすべて良い思い出だ。見上げれば空はいつも晴れていたし、つらいことなどひとつもなかった。

 本当にそうだったっけ?
 そういうことにしておこう。バークレーと私の間では。